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自粛中だからこそ、大切にしたい感覚とは?

こんにちは!山形則子です。

 

日々、コロナ関連のニュースが多いですが
最近は営業を自粛しないお店が
取り上げられていますね(逆に注目?)

大阪府知事が店名を公表した際、
それでも開店しているパチンコ店を訪れたお客さんに
「外出自粛中ですが、なぜ来るのですか?」と
インタビューしたところ、そのお客さんは
「自分の身体なんだから、自分で責任とるわ」
と答えていたのが印象的でした。

 

この映像を見て、浮かんだのは
私の大好きなアドラー心理学の
「共同体感覚」という概念です。

 

他者を仲間だとみなし、
そこに「自分の居場所がある」と感じられることが、
共同体感覚であるといいます。

 

最近流行った言葉で近いのは
「One Team」でしょうか?

 

私はありがたいことに
外出自粛をしていられる環境にあるので
ほとんどの時間を自宅で過ごしています。

 

それは自分の身を守るためでもあり
自分が感染源にならないための
家族への配慮でもあり
エッセンシャル・ワーカーの皆さんに
少しでも安全に働いて
社会インフラ・医療インフラを維持していただくためでもあります。

 

おそらく皆さんも、同じような感覚で
自粛をされたり、お仕事に出られたりしているのではないでしょうか?
とるべき行動は違っても、目的は同じ(近い)。

 

パチンコ店へ通うお客さんに
この社会はどんなふうに見えているんだろう?と思いました。

 

「共同体感覚」始まりは
自己への執着を、他者への関心に切り替えていくことだ、とあります。

 

自分だけのことではなく、他者へ、
そして自分も他者も含んだ「人」たちが構成する社会へ
関心を向けていくこと。

時間軸においては
「現在」にとどまらず過去から未来も含まれる
というのがアドラーの主張です。

 

これを資産づくりに置き換えて考えてみるとどうでしょうか?

 

つい、自分の老後、自分の将来、自分の安泰、自分のお金
を考えてしまいますが、私たちの希望ある未来は、
安心できる社会があってこそ。

 

そのように考えれば、社会全体がよくなることを目的とした投資活動が
より良い社会をつくり、次世代の人財を育て
ありがとうが連鎖して、ゆくゆくは、めぐりめぐって
私たちの未来を支えてくれるのでは?!と考える次第です。

アドラー心理学、共同体感覚に関する記述は
岸見一郎著「嫌われる勇気」から一部抜粋しました。

 

今日も読んでいただき、ありがとうございます(^^)

 

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